文化と観光①道後オンセナート2014レポート~温泉地とアートの関係~

2014.Nov.25

文化と観光①道後オンセナート2014レポート~温泉地とアートの関係~

 シリーズ「文化と観光」では、様々な地域で行われているアートフェスやアートイベントを題材に、その地域や背景となる文化・歴史等を深く掘り下げながら、文化×観光の新たな旅のあり方を追求していく。第1回となる今回は「道後オンセナート 2014」。道後温泉は、日本最古の温泉のひとつと言われ、万葉集第1巻にも登場する。そのシンボル的な共同浴場が「道後温泉本館」であり、改築120周年を迎えたことを記念して道後オンセナートが開催となった。夏目漱石の小説『坊っちゃん』(1905年)にも描かれ、愛媛の代表的な観光地であり、日本でも有名な温泉地でもある。



 温泉地周辺で行われるアートフェスとしては、大分県別府温泉で行われる「混浴温泉世界」、青森県十和田市「十和田奥入瀬芸術祭」、等がある。別府、十和田湖に加え、熱海のような温泉地の共通点は、日本の高度成長を支えた会社文化である社員旅行の受け皿として栄えた点である。裏を返せば、社員旅行がなくなった現在では、中高年の観光旅行が中心で、温泉旅館は総じて元気がなく、中には廃業した旅館・ホテルも多数あり、廃墟となっているところも存在する。地元の大きな収入源である観光業の衰退に加え、少子高齢化といった社会課題を抱えているのが温泉地のある地域であり、地方消滅の可能性も高い。このような地域の課題を発見することや少しでも課題を解決することに、アートのもつソフトパワーが貢献できるはずである。
 道後オンセナートを取材して感じたのは、旅館・ホテルの方々が、若い女性や外国人のお客様が増加したという点。成田⇔松山といったLCCの開業の好影響もあるが、この道後オンセナートにより、新しいお客さまの訪問に繋がったと言える。


 それでは、道後オンセナートの作品や魅力について紹介する。大きく分けて2つのプロジェクトがあり、ひとつは、重要文化財と現代アートとのコラボレーションした「オンセナートコレクション」。もうひとつは、道後地区の9軒の旅館・ホテルが参加した「HOTEL HORIZONTAL」である。
 まずは、「オンセナートコレクション」の中から、国の伝統文化財であり、道後のシンボルと言える「道後温泉本館」を活用した本館プロジェクト。特に中谷芙二子【霧の彫刻】は、国の重要文化材の建物自体に手を加えたという点が新たな試みであり、文化財として保護する立場と、作品の題材とする作家側との調整が大変だったことが想像される。9時15分から2時間おきに霧の滝が落ち、昼間と夜、時間によって様々な姿を見ることができる。

photo3中谷芙二子【霧の彫刻】


他にも建物の内部である霊の湯2Fには、福田泰崇【サイバー百椿図屏風】があり、湯上がりの時間を楽しませてくれる。

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(C)YASUTAKA FUKUDA & Shiseido
福田泰崇【サイバー百椿図屏風】

50年間デザイン変更されなかった浴衣も、道後オンセナート期間中のみ、BEAMSのオリジナルデザイン浴衣を選ぶことができ、女性に人気となっている。

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BEAMS/ オリジナル浴衣

【サイバー百椿図屏風】もBEAMSオリジナル浴衣も共に企業のスポンサードとして、アートフェスと親和性の高いものとなっている。重要文化財とアートのコラボレーション、企業のスポンサードの手法といった点で、興味深い展示となっているのが本館プロジェクトだ。道後温泉に入浴すると自分の中にある日本人のDNAが反応し、五感が鋭くなり、アートを体感して楽しめる。
2つ目のプロジェクトは、道後温泉の旅館が参加する「HOTEL HORIZONTAL」。「HOTEL HORIZONTAL」は、道後地区にあるホテル・旅館をアーティストの手によってひとつひとつ作品化した「道後オンセナート2014」のプログラム。「最も深い夢The deepest dream」をテーマに様々なアーティストが独特の空間を演出している。実際に宿泊し、独り占めできるHOTEL HORIZONTALの9つの部屋のうち、5つの部屋を見学した。




谷川俊太郎×道後舘「はなのいえ」

アートフェスには珍しいかもしれないが、詩人である谷川俊太郎さんが手がけた作品。谷川さんが道後温泉に来て、仕事をする部屋というコンセプトで演出。時間よって風景が変わる庭に向かうと、日常の雑念で一杯の自分から解放され、禅のように空っぽの自分へと変化できる。そして、身も心も自分の内面との対話が始まる。

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庭を眺めながら

「さらに旅館と言えば宿帳である。作品のテーマである「はなのいえ」をキーワードに、宿泊されたお客さまや見学された人が誌を創作する。空っぽで無色透明になった自分の心との対話である。時間や空間を超えて、作品をつくることを体験する。作家ご本人を交えてのワークショップは今では普通であるが、作家のアイディアによるツールで、自分の心が見えてくる体験は何とも言えない面白さがある。谷川さんの「はなのいえ」は、体験型の作品として、とても素晴らしい作品であると同時に、自分のことをもう少し深く知りたい「自分探し」をしている人に是非とも薦めたい作品である。

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オリジナル和菓詩付き




草間彌生×宝荘ホテル「わが魂の記憶。そしてさまざまな幸福を求めて」
次に紹介するのが、草間彌生さんの作品。日本で最も著名な現代アーティストの一人であり、直島や越後妻有等の様々なアートフェスでもシンボル的な作品を提供している。また、彼女の目印でもある水玉モチーフが、世界中のルイ・ヴィトンの店頭を埋め尽くした記憶もまだ新しい。往年の作品から新作までが部屋一杯に埋め尽くされている作品となっている。部屋に入った瞬間は、草間彌生ワールドに圧倒されるものの、時間が立つと妙に落ち着くのが不思議だ。 

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草間彌生ワールド

草間さんの部屋には、ニューヨーク時代の若かりし草間さんの姿が、8体隠されている。こんなちょっとした遊び心が宿泊する人の気持ちを踊らせることだろう。畳の部分にも水玉モチーフがあり、細かな旅館のアイテムにもこだわりが感じられる作品となっている。もちろん、ルームキーもご覧の通りの草間モデルだ。



ホテルのご説明によると、この作品の最たる見所は、部屋から見た夜景も含めて作品になっているところだそうだ。残念ながら宿泊の方にしか見られないが、ファンにとって最高の一晩になるだろう。その言葉通り、世界中から宿泊しに訪れる人がいるとのことだ。




ジャン=リュック・ヴィルムート×道後やや「Time Science」
道後温泉で新風を吹き込んでいる旅館、道後やや。一番の売りは地産地消にこだわった朝食。旅館のフロントには冗談かと思うみかんジュースの蛇口まである。ホテル館内に大浴場がないという、さも不利とされる条件のなかで、温泉は道後温泉本館や椿の湯などの公衆浴場を利用させる仕組みをつくっている。また、その際には数種類の中から地産地消の今治タオルをチョイスして使用することができる。そんな道後ややにジャンの作品がある。地元有志にサポートしてもらい、日本ではおなじみのマッキーのサインペンで描かれている。時を刻む3つの時計とそこから同心円状に伸びゆく波線のドローイングで構成された作品。旅館の壁から照明器具まで、よく見るとサインペンの筆の跡である。食材からタオルまで地産地消にこだわっている旅館だからこそ、地元有志の力を借りたこの作品の意味がより高まる。

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シンプルで繊細な空間



部屋に入った瞬間は、シンプルで繊細な空間に見えるが、実は人の手による様々な線で構成された暖かい筆の跡。時計を中心にまるで年輪のように描か、過去の歴史とこれからの未来を連想させる作品となっている。道後温泉の新しい温泉旅館で、時の流れを体験したい人に薦めたい。




皆川 明×花ゆづき「 ロ 」

ファッションデザイナーである皆川 明さんの作品は、一見お洒落な和室の部屋であるが、天井から壁まで琉球畳で敷き詰められた部屋である。まさに畳職人と皆川さんのコラボレーションによって完成した作品である。通常、アート作品は五感の中でも視覚に訴える作品が多いのだが、この作品は圧倒的に嗅覚に訴える作品だ。日本人は死ぬ時は畳で死にたいというが、この部屋の香りで納得してしまう程の説得力がある。日本人である自分のDNAが何故か反応してしまうのだ。



この作品で他に注目したいのが、障子にある鳥の絵。6月に行った山口晃さんのcultraで拝観した西本願寺の屏風絵。8月の銀座久兵衛で見た魯山人の絵。何故か、統一された全体の中で、一点だけアクセントのようにこのような絵が描かれる。このアクセントのおかげで、襖絵や屏風絵が生きているかのように感じるのだ。
 皆川さんの作品は、ファンの方にはもちろんだが、圧倒的な嗅覚で、自分の中のDNAの反応を確かめたい方にも薦めたい。






キキ(KIKI)×ホテルルナパーク「Dogo Kamelie Hütte / 椿ヒュッテ」

 最後は、写真家・モデルのKIKIさんの作品。まず目に飛び込むのが、壁一面のKIKIさんの写真。空間全体で松山市の花である椿の花であるヤブツバキの森の中にいる気持ちにさせてくれる。そして、まるでギャラリーのようにKIKIさんの作品が展示されている。さらには山小屋からの発想でホテルの部屋を演出。スタンプや山荘の日記、様々な本など、詳細にわたって山小屋をイメージするアイテムが並ぶ。

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KIKIさんファンの方にはもちろん、山好きな人にも楽しめる作品である。また、草間さんの作品と同様にその空間に入った瞬間にアートが自分にぶつかってくるインパクトのある作品だ。
 この「HOTEL HORIZONTAL」というプロジェクトは、宿泊するとまさに夢の中にいる気持ちさせてくれる作品ばかりで、実際に宿泊したいと思わせる作品ばかりであった。もちろん、タイミングが合わずに見学だけの方にも十分楽しめるものでもある。


道後オンセナートは長期間実施されているが、実際にその場に来て体験するアートフェスティバルとしてはこの期間が必要かもしれない。各作品が見るだけでなく、実際に宿泊したり、温泉に入ってこそ、より深い体験になるからだ。多くのアートフェスティバルの課題である2ヶ月から3ヶ月のお祭りでは、その期間だけ人が集まるが、期間外は閑散としていると言われている。観光事業としてアートフェスティバルを考えた時、ビジネスとして成立するかという課題に対してひとつのヒントを与えててくれるアートフェスティバルである。創造というイメージ醸成のためのアートフェスティバルから観光事業としても効果的であり社会課題も解決できるアートフェスティバルへとシフトする時代はまもなくやってくるのではなかろうか。今回は初回であり、若い観光客や外国人が道後温泉に訪れたという話なので、十分な成果が上げられたことだろう。次回の道後オンセナートがどうなるか、期待したい。



Information
道後オンセナート
開催期間 2014年4月10日(木)~ 2014年12月31日(水)

HOTEL HORIZONTAL
「道後オンセナート2014」のプログラムのひとつ、道後地区の9のホテル・旅館に泊まれるアート作品群



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